International Play Association

日本語では「子どもの遊ぶ権利のための国際協会」です。

名称

この会が1961年に設立したときには、「International Playground Association」(国際遊び場協会)と呼んでいました。その頭文字をとってIPA(アイ・ピー・エー)。 子どもの基本的人権として<遊ぶ権利>を保護し、維持し、促進しなければならないという考えのもとに名称が変わりました。でも、略称だけは今も元のままを使っています。

目的

遊びの空間、時間、仲間がなくなったといわれて久しくなります。

街には車があふれ、子どもたちの遊ぶすき間がなくなっています。

その声に応えて行政は公園や遊び場をたくさんつくってきました。

それでも、子どもたちはますます外で自由な遊びをしなくなりました。

ゆとりの時間をつくるための学校週5日制も進んできています。

それでも、子どもたちの自由な遊びの時間がどれだけ増えたでしょうか?

IPAは、何をどうすれば子どもが伸び伸びと遊べる社会になるのかを研究します。

問題点を指摘し、よいと思われることを実践し、世間に対して広く訴えます。


IPAは、UNESCO、ECOSOC、UNICEFに諮問組織として認定され、これらの機関と共通の理念のもとに活動しています。


世界のIPA

IPAは、おおよそ世界の50カ国にメンバーがいます。その中でも活発的に活動しているのは、次の国々です。

・アルゼンチン ・オーストラリア ・ブラジル

・カナダ ・デンマーク ・イングランド/ウェールズ/北アイルランド、

・ドイツ ・香港 ・日本

・マレーシア ・ネパール ・オランダ

・ニュージランド・ロシア ・スコットランド

・スペイン ・スウェーデン ・トルコ

・アメリカ

歴史・あゆみ


IPAの発足


1940年代からヨーロッパで、「廃材遊び場」・「冒険遊び場」づくりが盛んになりました。それを熱心にやっていた人たちが、都市化が進む社会ほど遊ぶ環境が悪くなるのを心配して1961年にIPAを発足させました。その後、1976年にユネスコの諮問団体として認められました。



IPAのあゆみ


1930年代に・・・

工業先進国の都市では生活空間のなかに子どもの遊びの場がなくなった。ヨーロッパでは労働者が都市に集中、高層のアパート群の出現、車優先の社会となり、子どもの遊び場がなくなった。日本の高度経済成長期のような現象が、日本より30年も早くに出現していたのである。


1937年にプレイリーダーを配置した遊び場が誕生

スウエーデンでは、こうした状況に対処するため、ストックホルムに9ヶ所の遊び場にプレイリーダーを配置して、子どもの遊びを促した。遊び場の数はその後増えていった。


1943年にデンマークで世界最初の冒険遊び場「エンドラップ廃材遊び場」が誕生

デンマークの都市コペンハーゲンでは、第二次世界大戦で破壊され、子どもたちは疲労困憊している大人たちの中で暗い日々を過ごしていた。子どもたちに元気を取り戻させたいと考えた人たちが建築家のソーレンセン教授の考えに沿った廃材遊び場をつくった。


1945年に・・・

スウェーデンの造園家であり公園課の職員であったアービット・ベンソン氏はエンドラップを訪れて、大きな感動を覚えた。そしてスウェーデンのヘルシンボリ市に冒険遊び場をつくった。それはスウェーデンのプレイリーダーたちに影響を与えた。

イギリスではアレン卿夫人がソーレンセン氏の考えに感銘を受けてロラード冒険遊び場をつくった。それに影響されてイギリスでいくつもの冒険遊び場ができた。


1958年に・・・

国連が主催して「遊び場活動」に関するセミナーがスウェーデンで開かれた。


1955年に・・・

スウェーデンのプレイリーダー、スティナ・ラーソンが国連の技術援助部(UNTAA)のヨーロッパ事務所長Maurice Milhaudに会った結果、1958年に「遊び場活動」に関するセミナーを開催する話が進められ、アメリカ事務所の同意が得られないままにスウエーデンのベルゲンダールで開催された。Milhaud氏はこのセミナーに向けて「社会の変化に伴って浮上してきた遊び場活動を国のレベルで政策に盛り込むことが必要になってきている」とメッセージを送った。ヨーロッパの10ヶ国から42名が集まった。


1961年5月にコペンハーゲン(デンマーク)でIPAが誕生

これが第1回のIPA世界大会となる。1959年にデンマークのイェン・シスガードはロラード冒険遊び場を訪れ、アレン女史に会った。二人は国際的な組織をつくる必要があり、この国際組織は個人会員と団体会員の両方から構成されるものであるべきで、ただ子どもの遊び場に特別に関心を持つすべての人に開かれていければならない、とすることで同意した。アレン女史は、その年の1月にデンマーク遊び場協会を設立させた国デンマークが中心になるのがよいと考えた。デンマーク遊び場協会の理事たちはこれに同意した。

その結果1961年5月10日~12日の会合でIPAが産声をあげたのであった。初代会長にソーレンセン氏(造園家、デンマーク)が選ばれた。


1976年にユネスコの諮問団体へ


1976年、ユネスコの理事会はIPAをカテゴリーB、つまり情報提供と諮問のグループに加えることを承認。IPA理事会は1997年にパリのユネスコ本部の生涯学習部で会議を開き、ユネスコと協同できることは何かを話し合った。

1976年、オランダでIPA理事たちと各国のIPA代表(連絡員)たちが初会合。

1977年11月に・・・

国連の傘下で「子どもの遊ぶ権利によせるマルタ宣言」が生まれた。

1979年の国際児童年に向けて、IPAの理事会が先頭にたって子どもの遊びに関わりのある国際NGOに呼びかけてマルタ島に参集してもらった。国際児童年に向けての共通の行動について1週間の話し合いを持った。その成果として、「子どもの遊ぶ権利宣言」が生まれた。これは世界中、とくにスイスとアメリカの国連国際児童年委員会を通じて広く配布された。